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【ドラマティック・ドリーム・コラム】あの最高で最強の岸和田愚連隊をもう一度(文=三田佐代子)

「最初に松井さんに新宿FACEの控え室でこのカードのこと聞いた時、僕、第一声は『怖(こわ)!』って言いましたからね」

7月16日、松井幸則レフェリー主催のDDT大阪大会で竹下幸之介&入江茂弘組vs”ビッグボス”MA-G-MA&ブラックバファロー組というカードが組まれたことについて、現KO-D無差別級王者の竹下幸之介はこう語る。大阪プロレス教室vs岸和田愚連隊~憧憬への挑戦状、と銘打たれている通り、この試合は大阪プロレスがかつて開催していたプロレス教室からプロのレスラーになった竹下と入江が、「最強で最高のヒール軍団だった」岸和田愚連隊のMA-G-MAとバファローに立ち向かうカードである。

岸和田愚連隊は2003年に大阪プロレスで結成されたルード軍だ。
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「岸和田愚連隊は最強だったんですよ。日本のトップルードチームで」(竹下)
「カッコ良かったよね」(入江)
「MA-G-MA、バファロー、大王QUÄLLT、ゴア。これ最強でしょう。あとジェレミー・ロペス」(竹下)

当時の話になると、竹下も入江も止まらない。そして2人とも当時のことを驚くほどによく覚えている。

「ブラックバファローの声とかパフォーマンスがクセになるんですよ。クローズラインもちょっとクセがあって。あと透明の、衣類とか入れるプラスチックのケースを使うんですよね。あれが恐ろしい」(竹下)
「僕はデビューしたばっかりの時にバファローと対戦して殺されかけました。血だるまにされて」(入江)
「入江さんからこんな話ばっかり聞くし、小学校の時のトラウマがあるのでMA-G-MAもバファローも恐ろしいイメージしかないです」(竹下)

竹下は8歳、入江は15歳頃に岸和田愚連隊と出会っている。子供にも容赦せず入場時に水を吹き、大阪プロレスでナンバーワンを決めるトーナメントを3連覇した”ビッグボス”MA-G-MAは間違いなく大阪プロレスの強さの象徴だった。そしてその思いは今でも変わらない。

「僕の師匠は高井憲吾さんで、僕らの世代はみんなめっちゃ強い”ビッグボス”MA-G-MAが好きだったんですけれど、だけど僕はそれにやられてるけどやり返す高井さんが好きだったんです。高井さんはいつもやられているけれど、立ち向かう。僕はそれを見てプロレスラーになりたいと思ったんです」(入江)
「僕はオヤジに洗脳されたんです、プロレス。オヤジは全人類で猪木が最強っていう猪木信者でした。そのオヤジに大阪プロレスにちょこちょこ連れて行ってもらってたんですけど、初めて”ビッグボス”MA-G-MAを見た時にオヤジが『これ猪木勝たれへんな』と。ああこれは最強やと思いました」(竹下)

当時、プロレス教室の小学生の部にいた竹下幸之介と、中学生以上の大人の部にいた入江茂弘はお互いを認識する同士だった。

「幸之介は1人だけズバ抜けていたので、子供の部では物足りなくてそのまま居残って大人の部にも出てたんですよ。なんだか”ビッグボス”みたいになってたんですよ」(入江)
「一緒に入江さんとスパーリングしました。大人の部で入江さんは一番出来る人でした。今よりは細いですけど一般人にしてはデカくてマット運動とかもめっちゃ出来て。今みたいな感じです、瞬発力も凄くて」(竹下)
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高井憲吾、ビリーケン・キッド、HUB、丸山敦ら現在もプロとして活躍するレスラーが指導していた大阪プロレス教室だが、当然のことながら最凶ヒールの”ビッグボス”MA-G-MAが教えに来ることはなかった。僕は全く接点がない、という竹下に対して、入江はプロになってから幾度か、マグニチュード岸和田(”ビッグボス”MA-G-MAの現在のリングネーム)と対戦している。

「僕はけっこうデビューしてすぐ対戦する機会があって、シングルもあります。いろいろな経験してますけどやっぱり怖いですね。けっこう最近も試合したんですけれど、リング下からイスを探してる姿がもの凄く怖かったですね」(入江)
「実は僕がDDTに履歴書送った一つのきっかけでもあるんです、入江さんが岸和田さんとシングルやったの。一緒にプロレス教室やってた人が、プロレスラーになって岸和田さんと闘うとか考えられなくて。あの岸和田さんと!ってなった時に履歴書を書きましたね」(竹下)

かつてプロレス教室で一緒にスパーリングした中学生と小学生が、”ビッグボス”MA-G-MAをきっかけに同じ団体で高みを目指し、そしてあれから14年が経って、遂に同じプロレスラーとして、”ビッグボス”MA-G-MAと向かい合うのだ。

あの頃の大阪プロレスは今の時代から見ても最強で最高だった、と竹下と入江は熱っぽく語る。本当にセンセーショナルだったし、毎週見ていても飽きなかった、夢中になって見ていたと口を揃える。

「だから僕らは大阪プロレスじゃないですけれど、それを引き継ぎたいというか、それに近いものは見せたい。DDTでも見せたいし、世間に届けたい」(竹下)

竹下幸之介の、そして入江茂弘のプロレスの原風景が、あの頃の大阪プロレスだ。強くて、早くて、巧くて、凄くて、面白い。そこには全部があった。

「プロレスを一番楽しんでいた時期だと思うんですね、僕の中で。いい思い出なので。いろんなことがあってプロレスが嫌な気持ちになることもあるんですけれど、今回の試合でまたプロレスって最高だな、楽しいなって思えたらいいなと思うんです」(入江)

そんな最高で最強だったあの頃を思い出して、また原点に立ち返りたい。しかしそんな2人の思いに、どうやら”ビッグボス”MA-G-MAとブラックバファローは全くお構いなしのようだ。5日の記者会見で当時のことを熱く語る竹下&入江のもとに、”ビッグボス”MA-G-MAとブラックバファローはやって来るなりこう叫び、容赦なく椅子を振り下ろした。

「お前らの思い出に付き合っとるヒマはないんじゃ!100万年、100億万年早いんじゃボケ!」

果たして竹下と入江が”ビッグボス”MA-G-MAと向かい合うにはあと100億万年待たなければならなかったのだろうか。いやいやそんなに待てない。彼らが恐怖を乗り越えて、あの頃、畏敬と憧憬の念を抱いて見つめた最高で最強の2人と向かい合う時、大阪の地でまた新しい時計が動き出す。憧れと戦わなければならないのがプロレスラーという仕事の因果なところだが、あの頃プロレスの素晴らしさを教えてくれた”ビッグボス”MA-G-MAとブラックバファローをプロレスラーとして乗り越えていくこと、それこそが最高で最強の恩返しになるのだから。
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著者プロフィル
三田佐代子(みた・さよこ)
1969年8月5日、神奈川県小田原市出身。CS放送・FIGHTING TV サムライのニュース番組「速報!バトル☆メン」、「インディーのお仕事」のキャスターほか、レポーターや執筆活動など幅広く活躍中。昨年5月に初の著書『プロレスという生き方-平成のリングの主役たち』(中公新書ラクレ)を上梓。「逆エビ日記Ver.3.0」http://d.hatena.ne.jp/sayokom/