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ドラマティック・ドリーム・コラム「大社長、20年目の決断-DDT、サイバーエージェントグループ入りの理由とは-」(三田佐代子)

2017年9月22日、DDTプロレスリングは発行済み株式100%を株式会社サイバーエージェントに譲渡した、と発表した。突然の発表に驚いていると同時に、凄いぞ、チャンスだ!というコメントがSNS上で飛び交う。確かになんだか凄そうだ、とは思うけれど、果たしてこれが何を意味しているのか、これから何が始まろうとしているのか、正直ちょっとよくわからない、という人は多いのではないだろうか(そもそも私自身がそうだ)。DDTはこの先どうなるのだろうか。ここは大社長直々に説明してもらうのが一番だ。今回の出来事について、そしてそもそもなぜこういう決断に至ったのか、大社長、高木三四郎に赤裸々に語ってもらった。

「実は1年くらい前から、DDTと資本提携を結んでくれる相手を探していたんですよ。」

いきなり高木三四郎は意外なことを口にした。プロレスラーとしての高木三四郎は誰もが知る通り大らかで、破天荒で、はちゃめちゃなことをやらかしてはファンを喜ばせているが、経営者としての高木規(※大社長の本名です)は慎重で、緻密で、とても冷静だ。企業としてのDDTプロレスリングは優良で、赤字を抱えていたわけでも深刻な資金不足に悩んでいたわけでもなかったが、「2015年をピークに、売上げは平行線を辿っていた」と高木は話す。

おそらくこれからも、これまで通りのファンの前で、これまで通りの興行規模でDDTを続けていくことは出来ただろう。でも高木はそれを良しとしなかった。そして決定的だったのが、今年3月20日にDDT旗揚げ20周年記念として行われた、さいたまスーパーアリーナ大会だった。あの広大なメインアリーナに10702人、超満員の観客を集めて行われた大会は、試合内容をとっても観客動員にしても胸を張っていい大会だと思うのだが、高木はもっとたくさんのお客さんにDDTを届かせたいと、あの日痛感したのだという。

「やっぱり本気で業界No.1を目指したいなと思ったんですね。それからもうひとつ、DDTはブランド力が足りないなと気づいたんです。幸いDDTの選手たちはすごく忠誠心が強くて、DDTが好きでいてくれる選手たちばかりなんですけれど、彼らのためにもっと自信を持ってDDTを名乗れるように、もっとDDTにブランド力を付けたかった」

そこで高木はDDTプロレスリングと提携してくれる企業を探し始めた。条件として、
①誰もが知っている一部上場企業
②自前で発信出来るメディアを持っている
③オーナーがプロレスファンではない
という項目を挙げた。そんな都合の良い企業はなかなか見つからないだろうと思ったが、見つかったのである。それが、サイバーエージェントだった。

サイバーエージェントは、藤田晋社長が1998年に立ち上げたインターネット関連事業会社である。手がけている事業も多岐にわたるが、アメーバブログやスマートフォンゲーム、そしてインターネットテレビのAbemaTVなどが私たちの身近にあるわかりやすいサービスだ。2000年に藤田社長が史上最年少の26歳で東証マザーズに上場した時には大きな話題を呼んだが、2014年には東証一部に市場変更している。

DDT側とサイバーエージェント側、それぞれの条件をすりあわせ、書面でやり取りをした上で多忙な藤田社長と高木が初めて顔を合わせた時に、高木が路上プロレスの動画を見せ、そこで藤田社長が「これはAbemaTV向きだ」と思った、というのは藤田社長自身が語っていることである。藤田社長はDDTにコンテンツとしての魅力を感じ、高木はサイバーエージェントのブランド力と知名度、AbemaTVの可能性に魅力を感じた。初めて両者が顔を合わせてから2ヵ月というスピードで、契約は整った。

高木が持つDDTの株を100%譲渡すること、その上でこれまで通り高木がDDTプロレスリンググループの指揮を執ること。これが、サイバーエージェントが出した条件だった。もちろんリスクはある。100%譲渡してしまった以上、高木がその席を外される可能性がないわけではない。「もちろんそのリスクは承知していますけれど、そうならない自信もあります」と高木は言い切った。

「そもそも勘違いされがちなんですけれど、自分は団体のオーナーになりたかったわけではないんですよ。DDT20年の歴史のなかでいろいろあって、結局自分が引き受けることになったので。よくやってきたと我ながら思います。この先の20年を考えて、この決断を下したんです」

9月24日、DDTがサイバーエージェントグループ入りを発表した直後の後楽園大会で、藤田社長はDDTファンにリング上から挨拶をした。その言葉はとても印象的だった。

「私は正直、プロレスに詳しいとか大好きというわけではなかったのですが、路上プロレスを観てこれはAbemaTV向きだと思いました。そして夏に初めてビアガーデンプロレスを見に行きまして、ちょうど男色ディーノさんとササダンゴDAYで、なんと言いますか、終始楽しかったです。(中略)ファンの皆さんに安心して頂きたいのは、DDTプロレスを変えるつもりは全くございません! このままの形でさらに大きくしていけるように私たちは全面的にバックアップしてまいります」

プロレスにあまり詳しくないこと。路上プロレスがAbema向きのコンテンツだと思ったこと。そして初めて生で見たプロレスがビアガーデンのディーノ&ササダンゴデーで、楽しかったこと。そして、DDTを変えるつもりはありません、ということ。その時、ひときわ大きな歓声が、後楽園の客席から上がった。その飾らない、でも力強い言葉が、心底嬉しかった。そして藤田社長はこんな言葉でその挨拶を結んだ。

「本気で業界No.1を目指してまいりましょう!」

プロレス業界で誰にも必要とされていない選手ばかりだったDDTが、ひとつずつ階段を昇り、20年でここまでたどり着いた。後楽園、両国、武道館、大阪府立第一、さいたまスーパーアリーナ、東京ドームでの路上プロレスと少しずつその家は大きくなったし、選手たちもこのプロレス業界の中で誰もが認める存在になった。でも、もう少しこの先の階段を昇っていくためには誰かの力が必要で、そしてそのお相手が、サイバーエージェントという会社だったのだろう。

リング上はこれまでと変わらず、コンテンツとしてはAbemaTV用の路上プロレスシリーズなどを制作して、DDT UNIVERSEやサムライTVなどと棲み分けをしていくことになるという。藤田社長は「僕もプロレスをよく知らなくて、たまたまDDTを見たら面白いという感じでした。AbemaTVは通りがかりに見てくれるということがあるので、広がる機会を作っていけたら」と話していたが、「たまたま」「通りがかりに」プロレスを見て面白いと思ってもらうには、AbemaTVはもってこいのメディアだし、DDTはもってこいのコンテンツだと思う。

数字(売上げ)の面ではサイバーエージェント側からはいろいろ厳しく見られると思います、と高木は経営者としての表情を一段と引き締めた。でも、これまでも大社長は私たちの期待を裏切らなかったし、約束はちゃんと、守ってくれた。だから今回もそれを信じたいし、信じるしかない。

新しいオーナーが、新しいメディアと、新しいファンを連れて、ドラマティック・ドリーム・チームをもうひとつ上のステージに連れていってくれるだろう。これまでもいろいろなことがあったし、いろいろな人がやってきて、DDTファンはそれを大らかに受けとめてきた。「外から来た人に優しくするのは、皆さんの役目ですよ」とかつて男色ディーノも言っていたから、きっと今回もそのやり方でいいんだと思う。団体を率いていく人には率いていく人の、選手には選手の、そしてファンにはファンの、やるべきことがある。今回の決定によって、あの日、リング上に乗り切れないほどに大所帯になったDDTとそのグループの選手たちが、今よりもっと充実したプロレスラー生活を送ることが出来るように、何より願っている。
20171006
<著者プロフィル>
三田佐代子(みた・さよこ)
1969年8月5日、神奈川県小田原市出身。CS放送・FIGHTING TV サムライのニュース番組『速報☆バトルメン』、『インディーのお仕事』のキャスターほか、レポーターや執筆活動など幅広く活躍中。中公新書ラクレから著書『プロレスとう生き方-平成のリングの主役たち』が好評発売中。
「逆エビ日記 Ver.3.0」http://d.hatena.ne.jp/sayokom/